「母には感謝してます!」でも本音は母親が重い どうしてこんなに重く感じるの?

 

「母には感謝してます。母なりに一生懸命愛情深く育ててくれたと思います。」

「あらそ~お、立派な娘さんに育って、お母様もお喜びなはずね。」

 

そんなよそいきないい娘を演じるような会話をすることがあっても、本音は母親が重い。

 

なんてことはありませんか。

 

私はそうでした。

結婚して物理的な距離は離れたとしても、定期的にかかってくる電話の内容が相変わらず重い。

 

感謝はしている、してるんだけど、どうしてこんなに重く感じるんだろう?

なんだか申し訳ない気もする。

 

そんな方へ、私自身の経験およびヒーラーとしてたくさんの親子関係を観察してきた経験から導き出した、母親を重く感じる原因をお伝えしたいと思います。

 

母親が重かったけど、それに気づかなかった私

 

 

もともと、強迫神経症くらいに神経質なところもある母。

ガスの元栓を締めたかどうか、4~5回くらい確認しても、まだ心配するようなところがありました。

 

小さいころから母が私に話すことの内容は、ほとんどが私を心配するものでした。

例えば私は体が弱かったので、コホンとちょっとでも咳をしようものなら、もっと厚着をしなさい、もっと食べなさい、早く寝なさい、遊びに行っちゃだめ、と私の行動をコントロールしようとする。

もううざくてたまらなかったのですが、母が私を愛しているからこそやっていることだと思っていたので、うざいと思う私がいけないんだと思い込んでました。

(ママが色々言うのはあなたのためなのよ。)(あなたがそんなだからママは心配するのよ)と言われていましたし。

 

また父に対する不満、愚痴もよく言われていました。

父は亭主関白で威圧的なところがあったので、母の中で「夫にいじめられていてかわいそうな妻」という構図が出来上がっていました。

そして事あるごとに、かわいそうな自分アピールを私にしてきました。

 

「ママ、どうしたらいい?」と聞いてくるから真剣にアドバイスしても、「そんなことできない。」「あなたはママのこと、全然わかってない。」と怒られたりするので、非常に面倒でした。

不満や愚痴を聞かなければ聞かないで、「ママの言うことを聞いてくれないなんてひどい。」となるので、それも面倒くさい。

しかも父は私に優しい面もあったので、母の言うことに同意することは母と同じように父を悪者にしないといけなくなるので、引き裂かれる思いでした。

でも母の不満や愚痴を聞くことが母に対する優しさであると思い込んでたので、自分が辛い思いをしていることを見ないことにしていました。

 

母と話していると楽しくない上感情的になったりする。

それはなんでだろうという思いがありつつも、母から必要とされる感じも求めていたので、母から求められるがままに母に付き合っていました。

というか当時は、上記のように客観的に母との間に生じる自分の気持ちをキャッチすることはできてなかったと思います。

 

母親が重いんだ、と気づいたきっかけ

 

 

私が母親って重かったんだと気づいたのは、生きづらさをなんとかしたいと思って通っていたカウンセリングで、アダルトチルドレンやインナーチャイルド・親子関係の本を読むのを勧められたのがきっかけでした。

 

例えば、「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」信田さよ子著

 

その当時は(親には感謝してる!そりゃ色々あるけどうちはごくごく普通!)という立ち位置だったので、本を読んで「え?母親を重いなんて言っていいの?」と目からウロコでした。

勧められた本にはどれも、今の生きづらさが小さいころの母親との関係や父親との関係から生じるものと書いてあって、半信半疑ながらも心の底ではそう感じていたのもあって、徐々に納得するようになっていきました。

 

しかし、数年カウンセリングに通って知識は増え表面的には軽くなったように思えましたが、実際の生きづらさが改善されたかというとそうではなく、実際の母親との関係も特に変化はありませんでした。

 

生きづらさと実際の母親との関係が変化したのは、一悟術ヒーリングを受けてからです。

なので親との関係において生じた心の傷を、人との会話や知識だけで癒そうとするのと、エネルギー的に癒すことをプラスするのとは雲泥の差があるなとしみじみ感じているわけです。

でもその話はここでは脇に置いておいて、なぜ母親を重く感じるのかを見ていきましょう。

 

なぜ母親が重いのか 肉体編

 

 

重く感じるという肉体の状態はどうなっているのでしょうか。

 

まずは息は浅くなっていることが考えられます。

息が浅くなると交感神経が刺激され、筋肉が硬直します。

リラックスとは反対の状態です。

筋肉が硬直すると、肩こりや腰痛などになりやすくなります。

また酸素が十分に取り込めないので疲れやすく、活気がなくなります。

末端にいきわたる血流が悪くなるので冷え性になりやすく、代謝も落ちます。

そして自律神経のバランスが崩れ、情緒不安定にもなりやすいです。

 

上記のような肉体の状態が「重い」と表現されるのだと思います

 

では息が浅くなる原因はなんでしょう?

色々考えられますが、心理的な原因としては「ストレス」が挙げられるでしょう。

 

なぜ母親が重いのか 心理編

 

では母子関係における「ストレス」になるものは何なのでしょうか?

いろんな要素はありますが、ここでは代表的な3つの要素をお伝えしたいと思います。

 

① エネルギー的癒着

 

 

重く感じる母親の多くは心理的に満たされていません。

夫との関係が良好とは言いづらい人がほとんどでしょう。

私の母親は、夫(私の父親)との関係はかなり悪く、なぜ離婚しないのか不思議なくらいでした。

 

・自分の満たされない辛い気持ちをわかってほしい

・満たされない辛い気持ちを忘れさせるために自分の言いなりになってほしい

 

重く感じる母親の根底には上記のような想いがあります。

もちろん、そんなこと表立って言いませんよ。

 

じとーっと、そういうエネルギーを背負わせて来るのです。

 

そのエネルギーの中に感情のエネルギーも入ってます。

例えば以下のような感じです。

 

夫や義理の両親、自分の両親や周りの人たちに対するイライラを子どもに愚痴って、同調してもらって安心したい。

自分はかわいそうな人という悲しみのエネルギーに同調してもらって優しくしてもらいたい。

自分の心のなかにもともとある、不安や心配のエネルギーを子どものせいにして発散したい。

 

エネルギー的に癒着されるとは、ベターっと寄りかかられたり荷物を代わりに背負わされているイメージです。

そりゃ、ストレスになりますよね。

 

 

② 相反する想い

 

 

自分の中に矛盾する相反する想いがあるときもストレスになります。

例えば、【引っ越したい】⇔【お金のことが心配なので引っ越したくない】

どっちつかずだとストレスですよね。

引っ越したい、でもお金が、だから引っ越しできない、いやでももっと明るい広い部屋がいい、などと、ぐるぐると悩み続けるわけです。

 

母親に対するストレスも同じです。

 

本当は愚痴なんて聞きたくない。

干渉してこないでほしい。

心配を押し付けないでほしい。

言いなりになりたくない。

もっと前向きな話がしたい。

 

そういう本音があるのに対し、

 

母親の願う通りにして、母親に愛されたい、母親によく思われたい、母親に必要とされたい、母親を満足させたい、母親にいい気分でいてもらいたい、という本音もあるのです。

 

心はどっちつかずで引き裂かれ、ストレスが溜まります。

 

 

③ 罪悪感

 

 

罪悪感を抱いていても、人はストレスを感じます。

罪悪感とは、自分は悪いことをしている、という気持ちです。

悪いことをしているから自分は償わなくてはならない、もしくは罰せられなければならない、と潜在意識で思い込んでいます。

 

母親に対して、本当は愚痴なんて聞きたくない、干渉してこないでほしい、心配を押し付けないでほしい、言いなりになりたくない、もっと前向きな話がしたい、というネガティブな本音を抱くだけでも罪悪感を感じるのです。

 

その背景には、母親に自分が本音を話したときに受け入れてもらえなかった、それどころか却って非難された、という経験がベースにあります。

 

「お母さんはあなたのためを思ってやってるのよ。」

なんて言われ続けてきたり、暗にそう思うようにコントロールされてきた人は、特に罪悪感を抱きやすいと言えるでしょう。

自分のことに一生懸命で愛してくれている正しい母親に対し、その母親を否定するような考えを抱いてしまうこと自体悪いことである、と思ってしまうのです。

 

 

母親のことを重く感じる人の人生の特徴

 

 

さて、ここでは少し掘り下げて、母親のことを重く感じる人の人生の特徴について言及しておこうと思います。

 

ざっくり言うと、生きづらさを感じやすい、に尽きるでしょう。

人生のあちこちで、うまくいかない感じを抱きやすいのです。

 

生きづらさの裏側には以下のような要素があります。

 

・人の顔色を伺って、自分を消耗させてしまう。

・自分なんてどうせだめだ、というような自分責めをしてしまいやすい。

・自分の本音や自分の好きなことなども含め、自分のことがよくわからない。

・エネルギー的に癒着してくる人を引き寄せやすい。

・疲れやすい。

 

わお、そりゃ大変そうだ!

って私もまさにそんな人生を送ってました。

 

 

母親の重さを軽くするには

 

 

本音は母親が重いのなら、それを軽くしていくにはどうしたらいいのでしょうか。

 

まずは母親と物理的距離をとることが一番です。

物理的距離がそのままだと、親子間の繰り返されるコミュニケーションパターンからなかなか脱しづらいからです。

 

物理的距離をとることができたなら、母親の望むような子どもであることをやめてみてください。

そして自分がやりたいようにふるまってみてください。

 

その過程で、「母親に悪いことをしている」「親不孝ではないか」「母親ももう年なんだからかわいそう」というような想いが出てきたら、それこそあなたのストレスの要素のひとつである罪悪感が見つかったとして、喜んでもいいと思います。

 

罪悪感が見つかった時は、「母親への罪悪感で人生に生きづらさを感じているなら、そんな私を見せる方が母親にとって不幸なことではないか」「身軽で幸せな人生を送る私を見せることが、親にとっての本当に幸せではないか」、と自分に問いかけてみてください。

 

もしあなたが母親なら「自分の子どもが、自分と同じような罪悪感を感じながら、自分の言いなりになろうとしていたらどう思うか」と問うてみましょう。

これは私も自分の子どもをイメージして自分に問うた時期がありましたが、結構効きますよ!

 

色々自分なりにやってみても重さは変わらない、という場合で、生きているうちにこの想いを軽くして生きづらさを解消したい、という方は一悟術ヒーリングを受けることをお勧めします。

 

 

まとめ

 

 

自分やヒーリングを提供した多くのクライアントさんたちを観察していると、本音では「母親が重い」と感じている人がほとんどだなーと思います。

 

昔は今よりもたっぷりある自然の中で、大家族で暮らしてました。

子育ても親だけで行うことは少なく、自然の中で生きることは子ども以外に目を向けなければならないことはたくさんありました。

 

戦後、子育ては親の肩にどっしりとのしかかりました。

そして生きるための衣食住は安定した分、生存競争的な本能は「物理的に人よりよりよく生きる」というあやふやな基準で働くようになりました。

自然からかけ離れたコンクリートだらけの生活環境で心の余裕は削り取られていきました。

 

親にとっても、満たされて生きることがとても難しい時代だったのでしょう。

 

でも今、重いと感じる母親に育てられた人たちが、この悪循環をなんとかしようと心の世界に目を向け始めています。

私のように、子どもにこんな想いを連鎖させたくない、と本能的に感じる人も増えています。

 

母親との関係を見直すことは、自分の人生を見直すことにつながります。

 

どんな人生を生きていきたいですか。

 

人生の方向性が決まって、もし私のサポートが必要なら、いつでもお声掛けください。

 

 

※私と母との関係を共依存という観点から書いた記事はこちらです。

「母親の愚痴がしんどい」そんな親子関係の裏にひそむ共依存とは

 

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