「子どもへの性教育ってどうしてる?」私が子どもに伝えてきた性のこと 

 

突然ですが、みなさん、子どもに『性』のこと、伝えてますか?

 

なかなか、どうやって伝えようか、迷うことはありますせんか?

 

思春期になったら学校で教えてくれるからいっか、となる人もいるかもしれません。

 

でも最近は、幼児期からおうちで性教育を始めた方がいい、という意見も大きくなっています。

 

なぜなら、インターネットにアクセスすればいろんな性にまつわる動画や情報を手に入れることができる環境にある子どもたちが多く、歪んだ性の知識を取り入れてしまうリスクがあるからです。

 

私は息子が3歳くらいの時から「赤ちゃんはどうやってやってくるのか」など性のことを伝えるようにしてきました。

 

この記事では、なぜ私は息子に性のことを伝えようと思ったのか、息子にどんなふうに伝えてきたのか、など、私の経験をお伝えしたいと思います。

 

私が育った家庭では性について話すのはタブーだった

 

 

ちゃんと息子に性のことを伝えようと決めたのは、私の育った家庭の影響かもしれません。

 

といっても、私の育った家庭では性について話すことはほとんどありませんでした。

 

家族でテレビを見ていてHな場面になると、気まずーい空気感が流れたものです。

 

どうやって赤ちゃんができるのかリアルなことを知ったのは、なんと兄のHな本を盗み見していた小学校五年生くらいの頃でした。

兄は私より6歳年上で、そういった本が山積みになって兄の部屋にあったのです。

 

最初は読んでいても意味がわからなかったのですが、想像力を膨らましていくうちに、「あー、もしかしてそういうこと?」と気づきました。

 

そして小学校六年の時に学校で男女別々に性教育の授業があり、自分がHな本で察知していたことはほんとなんだと確認できたのです。

どういう授業内容か、あまり覚えていないのですが、男女の性器の断面図とかが書いてあって、なんだかわかりにくいなぁという印象でした。

 

しかし、あんなに仲が悪い父と母が、そういうことをして私や兄が生まれたというのが信じられませんでした。

 

その後初潮がきましたが、「おめでとう」と母にあっさりと言われ、それだけでした。

父には絶対言うな、と母に念を押したのに、すぐに初潮のことを父に言われた(母が父に言っている場面に遭遇した)のはひどくショックでした。

 

性について初めて直接的に親と話したのは、私が大学生の頃。

いや、あれを話したと言っていいものなのか・・・

 

彼氏ができた私に向かって、突然母から「セックスはしてるの?」「避妊はしているの?」と聞かれたのでした。

それまで性について全く話してこなかったのに、いきなり直球でびっくり!

 

どんなふうに答えたかは覚えてませんが、自分が信頼されていないようで、イライラしてひどく嫌な気持ちになったのは覚えています。

 

子どもにインナーチャイルドをつけたくない

 

そんな私も結婚して妊娠しました。

 

プロフィールに書いてあるように、私は自分の子どもにインナーチャイルドなどのネガティブな要素を連鎖させたくないと思っていました。

そしてこの子には自分に自信を持って信頼して人生を生きて欲しい、自己肯定感高く育って欲しい、と願ったのです。

 

でも、いくら幸せな子どもを育てたいって思っても、自分が幸せじゃないと難しいことは身に染みていたので、妊娠中にヒーリングを受けたり、出産後も自分と向き合ったりすることを続けていました。

 

そして、自己肯定感って突き詰めて考えてみると、、、

自分がどんな風に生を授かり、生まれたのか、ということが自己肯定の源流にあたるんじゃない?

と気づいたのです。

 

ってことは、生ももちろんだけど、性に対する肯定も大切なんじゃない?

 

生と性はつながってる

 

 

性と生って、実は密接につながってますよね。

 

男女の性行為によって、受精卵が生まれ、子宮の中で胎児が育ち、出生する。

 

でも、なんだか世の中一般的な性教育って、こんな感じじゃないですか?

『はい、男女の性器の断面図』→『はい、受精卵』→『はい、子宮の中で赤ちゃんが育つ様子』→『はい、赤ちゃん』

 

私が育ったのは70〜80年代だったからか、なぜか性器は解剖学的な図でしか描かれてなかったし、リアルな感じは徹底的に排除されていたように思います。

(今の性教育はもっとリアルだったりするのかな?)

 

家庭でも、性的話題は一切ダブー。

 

母親は私の二次性徴の兆しに対し、あまり喜んでくれている感じはしませんでした。

 

そういった中で育ち、なんとなく自分の性的な部分に対し肯定的になれなかったし、性的な気持ちは持っちゃいけないと思ってました。

性行為に対しても、どこか後ろめたい気持ち、隠しておかねばならぬ感覚が付きまとっていました。

 

いやでもね、自己肯定って、どんな自分も肯定すること。

だとしたら、自分の性も、性行為も肯定すること。

 

自分の性や性行為に、なんとなく否定的な母親が、子どもに性のことを肯定的に伝えようとしたって、うまくいかないよね。

 

なので、息子に性のことを伝えるんだったら、恥ずかしがらず、後ろめたい気持ちにならないよう、自分の性に対しても肯定的であるように意識しよう、と決めたのでした。

 

どうやって性のことを息子に伝えてきたか

 

 

前述したように、息子には3歳くらいの時から、「どうやって生まれてきたのか」などを伝えてきました。

 

なかなか、言葉を選ぶのが難しかったです。

ペニスとかヴァギナとか、陰茎とか、小陰唇大陰唇とか、色々性器を指す言葉はありますが、うーん、何がしっくりくるんだろう、と悩みました。

 

まぁ、でも堅苦しくなっても、それこそ、本当に感じてもらいたい肯定感からは遠ざかる気がしたので、男性器に対しては、『おちんちん』とか『たまたま』、女性器に関しては『お尻の穴とオシッコする穴の間にある穴』(ちょっと苦しい 笑)みたいな感じで表現していました。

 

最初の頃は、「お母さんのお腹の中の卵と、お父さんのたまたまの中にある精子が合体して、ちっちゃいあなたが生まれてね、お母さんのお腹の中ですくすく育って、お腹から穴を通って、ここから生まれたんだよ」などと自分の体を指しながら話してました。

そして出産の様子も一緒に話していました。

 

どこまでリアルに話すかは、息子の成長度合いによって、その時その時で彼の様子を感じながら決めていました。

 

伝える時に意識していたのが、(あなたは私たちが望んで生まれてきたんだよ)(あなたが生まれてきて、本当に嬉しかったんだよ)(生まれてきてくれてありがとう)というメッセージを添えること。

 

よく最近話題にでるような、性犯罪に合わないように性教育する、というような部分には重点を置かないようにしていました。

大切なところだから、気軽に触らせたり、また人のを無闇に触ったらよくないからね、くらいな感じで伝えてました。

不安ベースで性のことを伝えたくなかったからです。

 

また、子どもの自己肯定感が高ければ、自然と犯罪の隙を与えなくなる、とも考えていました。

 

息子に性のことを伝えながら気づいたこと

 

 

いやー、結構ね、性のことを息子に伝えようとすることは鍛えられました。

 

どこまでどんな風に伝えていいのか、わからない。

 

特に、性行為のことは、伝えづらい・・・。

 

その度に性行為のことを、隠しておかねばならぬもの、恥ずかしいもの、罪なこと、のように捉えてるんだなーと実感しました。

 

でもなんかね、隠しておかねばならぬもの、恥ずかしいもの、罪なことって自分が捉えていれば、それがエネルギーとして息子に伝わるような気がしてました。

 

やっぱり世間一般でも、隠しておかねばならぬもの、恥ずかしいもの、罪なことのように捉える傾向があるから、性的なことってアンダーグランド化して、思わぬ妊娠とか、性犯罪とか、歪んだ性産業に繋がっていくのではないかと感じました。

 

性行為って、生を産み出す素晴らしい作業。

そして、肉体を使ったコミュニケーションの一種でもある。

 

私は性的なことも含めて、夫が大好き。

 

伝えづらい、隠しておきたい気持ちを感じる度に、性のポジティブな部分に目を向け、息子に対しても世間に対しても、堂々としていられる自分でいよう、と決意しました。

 

まとめ

 

 

今は息子は中1、思春期真っ盛り。

 

小学校高学年のときに、マスターベーションのことについて、「おちんちんを触って気持ちよくなるのは普通のことだよ。」「おちんちんの先から精子が入ってる白い液がでる時があるからね。」などとしどろもどろでなんとか伝えようとしましたが、『いや、私、女だから、もうこれは私の範疇外じゃね?』と気づき、「何かわからないことがあったらお父さんに聞くように」と伝えて、性教育の役割を一旦降りました。

(ありがたいことに、息子の通っていた小学校ではマスターベーションのやり方なども含めた保健師さんの性の講座があったようです。)

 

夫に聞くと、今のところ息子は特に夫に性のことで質問してきたことはないとのこと。

 

息子に性のことを伝えてきて本当によかったなと思うのは、自分の性に対する否定感をリアルに感じて、それを手放そうと前向きになることができたことです。

それによって、性も含めた自分への肯定感や信頼感が高まったと感じています。

 

子どもへの性教育って、子どものためじゃなくて、親のためにするものなのかもしれませんね。

 

さて、息子はもう私より身長も体重も大きくなり、少年というより、青年と呼んだ方が良さそうな体型とエネルギーになってきました。

彼女ができた、なんてことがあったら、一旦降りた性教育の役割、復活させようかしらん、とも思ってます。

 

そんな息子との経験を活かし、たくさんの人が性も含めた『自分』という存在に対して肯定的になれるように、ヒーラーとカウンセラーの活動を続けていこうと思います。

 

 

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